水は動くから生きている~小保方晴子さんも立ちどまっていない

こんにちは、ぐうたらスーパー主婦の糸野つむぎです。

 

小保方晴子さんのこと

昨日、本屋さんで小保方晴子さんの日記をまとめた本を立ち読みしました。「小保方晴子日記」です。「スタップ細胞はあります!」と注目されて、リケジョの星として話題になったあの方です。しかし、その論文や早稲田大学の博士論文に不正が発覚され、一緒に研究していた上司も自殺。真相は明らかにされたのかどうか、マスコミも報道しなくなっていました。

 

本、買えばよかったかな。四分の一くらいしか読まなかったのですが、小保方さんのことが気になります。論文の不正を行ったと言われていますが、その真相が気になります。一人で全てを背負っていたのではないか、口に出せない事情があったのではないかと考えたりします。精神病になり、鉄格子の病室に入院した小保方さん。そんな中でも日記を書き続けたというのは、苦痛の中でも前を向いている人だからでないでしょうか?

 

小保方さんの最近の様子が報道されています。ほっそりされたようで、アイメイクも変わり、別人のようです。彼女のことは世間では賛否両論ですが、一生懸命前を向いて生きていることに私はとても注目しています。

 

「生きることは立ちどまらないこと」

加藤登紀子さんの「ひらり一言」に素敵なことばがありました。

水は動くから生きているんだよ。
動かなくなると死ぬんです。琵琶湖の漁師さんの言葉。

琵琶湖に流れる川に水門ができて水量が一定になった時、魚が減ったそうです。
命も同じ。生きることは、立ちどまらないこと。

 

水は、動くから、育んでいる動植物も生かすことになっていますが、水自体も、流れを止めないことで腑水とならずに浄化し続けるのです。その水を人間にたとえて、「生きることは、立ちどまらないこと」、と結んでいます。

 

流れる水に関して、「老いの整理学」という本の中で、外山滋比古さんは次のように述べています。

「老いの整理学」より抜粋

流れる水は生きている。不純物が流入しても、それを浄化するのか、悪水になることは少ない。

動いている物は”命”をもっている。水は無機物であるから”生命”はないが、動いている水は生きている。

静水は悪化しやすく、動水はいつまでも生きている。

人間は、もちろん、水ではないが、水よりも複雑な命をもっている。その命の大原則は”動き”にある。動くことをやめれば、活力を失う道理である。

加藤登紀子さんと同じようなことをおしゃっていますね。書籍ですので、より詳しく書かれています。これでも抜粋しています。

 

「動くことをやめれば、活力を失う」、この言葉は先の小保方晴子さんにもつながります。小保方さんが本当に悪いことをしたのかどうかはわかりませんが、進み続けてほしいです。できればSTAP細胞を完成してほしいのですが、方向転換されても強い意志を持ち続けて、その面で、満足のいく生き方を貫いて欲しいです。やっぱり、「小保方晴子日記」が最後まで読みたくなりました。

 

さて、私、ぐうたらスーパー主婦ですが、社会貢献につながる生き方ができるよう、この先も感受性を大切にし、個人レベルでできるささやかなことをコツコツと積み上げていきたいと思います。ぐうたらの割に、毎日とても忙しいのですが、これも生きている証拠。動くから生きている、生かされている、と自分を励ましながら地に足をつけて歩いていきたいです。

 

 

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